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ご無沙汰しております河瀬です。

 

例年通り、とは言えませんが、今年もまた新年度となり新規レッスンのお申し込みが増えております。

レッスン枠に限りがございますのでお早目のお問い合わせをお勧め致します。

 

さて、この時期はご入会とは反対に入学、進級、入社、転勤、移動といった新生活を機にレッスンを終了される方もいらっしゃいます。

しかし、音楽教室自体には卒業や進級という節目は無いため、大人の方はもちろん、お子様、学生の方であっても何年も継続して通われる方も多く、有難い限りでございます。

私の浅い経験でも中学生だった方が大学院、就職まで、当教室でも3歳前だったお子様が現在は中学3年生になるというケースもございます。

 

一定年齢期間を前提とする教育機関では、(幼稚園、保育園では生活能力、小学校では…といったように)課題、目標がその発達段階により共通している事が多いため、ある程度教育内容が決まってきますが、音楽教室となると下から上の年齢差が60以上あるため、共通した課題、目標を見つけることは難しくなります。

更に、レッスンを始める際に初めから何年間、何歳までと終わりを決めていることはないため、学習塾のような短期的、限定的な目標に対するプランではどうしても場当たり的になってしまいます。

仮にレッスンをすぐに辞めてしまわれたとしても、他の教室で、独学で、と断続的ではあっても一生音楽を学ぶ、楽しむ方も多くいらっしゃるため、やはり短期的なゴールを意識するよりも、長期的な視野を持つことが必要となります。

 

長期的な学習活動は、1990年に生涯学習振興法が制定され「生涯学習」というワードが使われるようになってから、「学習」は子供、学生時代の短期的な目標、限定的な目的の活動ではなく、広範囲な目的に対し、人生全体において持続する長期活動と捉え直すために、大人の習い事、学習を推奨する動きが強まったとされていますが、「学習」というワードは、心理学では「経験から記憶したことによる行動と認識の持続的変容」といった内容で定義されていることが多いため、元々年齢は関係なく可能なものです。

対して「教育」は、様々ある思想、理論でも、多くは「発達」を考慮しているという点で異なります。

ある発達段階において何が可能なのか、習得すべき適切な段階、目標等の前後関係を考慮し教育内容を意図的に組み立て、発達と学習を相互に促進することが教育であると言われています。

そのような事を考慮すると「人間の発達」それ自体をどう捉えるか、ということが「教育」の内容にも大きく関係してきます。

「発達」という言葉からは子どもの成長をイメージされる方が多く、成人以降の変化をイメージされる方は少ないかもしれませんが、エリクソン(Erik.H.Erikson)が提唱した人生の終末までを「発達」と捉える「ライフサイクル」にあらわれているように、発達心理学領域では生まれてから死ぬまでの生涯の変化を発達と捉えることが一般的になっています。

  

エリクソンのライフサイクルでは人生の発達における段階を8つに分けており、それぞれに獲得すべき概念と課題があるとしています。

例えば第一期(乳児期)では「基本的信頼と不信」というように相対する概念の間で葛藤が起こり、肯定的な精神を獲得する事で安定した強さ(第一期では「希望」)を持つ事が出来ると言われています。

さて、音楽教室に限らず多くの習い事では、中学、高校への進学が最もレッスンを辞める方が増えるタイミングであります。

その年齢を含む青年期(第五期)では「アイデンティティの確立と拡散」が課題とされ、そこから「忠誠」と呼ばれる強さを得ることが課題とされています。

ここで、確立される事が課題とされる「アイデンティティ」を谷(2001)は以下の4つにまとめています。

 

1、自己の不変性・時間的連続性についての感覚

2、自分が目指すもの、望むものが明確になっている感覚

3、他者から見られている自分が、本来の自分と一致しているという感覚

4、現実の社会において自分を位置づけることができる感覚

 

「私」の意識はその時により異なり、「〜をすることは楽しい」というようなある対象に対して感じる感情も一日の中ですら変化してしまい、身体はもちろん、変わり続ける「私」の意識において全く同じ状態など一度も無く、その事にメタ的に気づいているにもかかわらず、その時々の「私」をそれぞれ別人ではなく全てずっと変わらないこの「私」だと思い込んでいます。

どれほど変わってしまっても、どれだけ客観視しても「私の意識」なのですが、その当たり前に感じる「私」という感覚が青年期に揺れ、その危機的(無意識的)な感覚をエリクソンは「アイデンティティクライシス」と呼び、課題とします。

 

音楽教室は義務教育ではなく、学習塾のように好き嫌いにかかわらず必要性によって通う場所でもなく、仕事や生活に役立つという有用性もほとんどないと思われています。(私はあると考えていますが)

しかし、仮に「音楽が好き」という気持ちでレッスンを続けているのであれば「私」の望むものを本人が明確に意識出来ており、もし以前からそれを続けているのであれば、長期的に見た私の不変性、時間的連続性を実感することに繋がるのではないでしょうか。

それまで当たり前に当然その全ての意識が「私」だと思っていたものに統一性が感じられなくなり、何がしたいのか、どうしたいのかが分からなくなり、本人が望むもの以外のものを半ば強制されることが増え、本来の自分ではない自分も演じ、振る舞わなければならなくなる。

しなければならない、した方が良い事、は年齢が上がるにつれ増えていくため、その全てが「私」が望むものと一致することは少なくなります。

そういった事情の中で、他の誰でもなくこの「私」が好きなものを「私」が続けてきたという事はその先も変わらない事実であるため、今も、この先も続けていきたいと思う状態は過去と現在と未来の「私の意識」が線において連続している感覚に繋がるのではないでしょうか。

ご本人の音楽への気持ちがあるのであれば可能な限りでレッスンを継続していただくことは、不安定な精神状態に陥りやすい時期においては受験勉強の気分転換以上に意味と価値があるかもしれません。

 

エリクソンは「アイデンティティ」という言葉を広めた人として有名ですが、医者としての臨床経験やインディアンやエスキモー等世界各地の少数民族を調査、治療するフィールドワークを通じて人間に共通する「発達」を考えました。

心身の不和不調が問題となる少数民族を治療するなかで、彼らは元来心身のクオリティを健全に保っていた民族であり、近年になり文明の流入によりその文化、風俗に変化が起こった事が心身の不和不調の原因であると睨み、それぞれの民族から「失われたもの」を見つけ、「必要だったもの」を考えました。

そして、それぞれに大きく異なるように見える文化に生きる人々に必要だったものの共通点を探し、広く人類一般に通ずる発達の課題を導き出しました。

所謂先進国とは大きく異なる文化に生きる独自民族はその教育内容においても大きく異なるように見えますが、日本においても一元管理且つ定形進路的に全員が学校の教室で学問を学ぶ事がイコールで教育であるとされるようになったのもここ100年程の事です。

現実問題として生存するためにはある程度以上社会に適応する事が前提として必要な力でありますが、「私」もその社会自体を作っている成員の一人であることも事実であり、適応すべき環境それ事態も変化していることを考慮すればもう一段高い視点が必要となります。

 

エリクソンは 精神分析の始祖ジークムントフロイトの娘であるアンナフロイトに師事していたため、前提として臨床のスタンスが強く、実証科学としてはエビデンスを据える事が難しいとされている点や、性差による考察が現代の多様化するジェンダー観とは整合性を保つ事が難しい等、その全てを実践において適用することは難しいと思われますが、今日でも児童心理学、発達心理学の本に多く載っているためその大所高所の視点は今も強く支持されていると言えます。

子どもたちが受ける教育活動では、目の前に提示される課題が膨大且つ複雑、難解なために視界が遮られ、圧倒され、その課題に普遍的絶対性を感じることも多々ありますが、私たち大人も一緒になって盲目的にならないよう、離れた立場から俯瞰するという意味でも大所高所を意識することが時には必要であるように感じます。

 

初めに書いた通りエリクソンの発達観は生涯に渡っており、ある時の発達はそれ以前の発達の影響を受けているというエピジェネティックな発達観であるとされているため、課題はその後も生涯影響があるとされますが、可逆的に後からでも克服可能であるとされるため、以降の発達段階の方の中にもその課題を克服する必要性がある方もいらっしゃるかもしれません。

青年期に本当にしたかった事を存分に出来なかった方、是非今からでもお越しください。

私のレッスンでは半数近くが大人の方であり、講師を始めて以来10年以上お越しいただいている生徒様もいらっしゃいます。

ギター講師長濱はあらゆるジャンル、年代の楽曲に精通しているため、どの年齢の方でもご満足いただけるレッスンを提供致します。

 

音楽が好きなのであれば可能な限りレッスンを続けて欲しいという気持ちはありますが、それぞれの事情により優先事項があり、習い事を辞めるという事は仕方のないことです。

レッスンを続けるという行動が重要なのではなく、レッスンを辞めた後も「好きなもの」として認識しているだけでも、その「私」の意識は連続性を持っているとも考えられます。

音楽を聴く、動画を観る、また機会があったらレッスンや音楽活動をしてみたいという一旦保留のカテゴリーに入るだけでも十分ではないでしょうか。

私たち講師に可能なことは、それまでとその先も音楽を好きでいていただくことのお手伝いになりますが、お力になれれば幸いです。

 

因みに、エリクソンの提唱するライフサイクルの最終段階(第八期)では「自我統一と絶望」が課題とされ、そこから獲得するべきものは「叡智」とされています。

気の遠くなる目標ですが、精進して参ります。

 

本年度もどうぞよろしくお願い致します。