こんばんは河瀬です。
三連休の中日、皆様いかがお過ごしでしょうか。
僕は教室でレッスンをして教材の楽譜を作ったり練習をしたりという平常運転ですがのんびり心行くまで楽器が弾けて幸せです。
そういえば最近長濱先生から「新しいフライパンを手に入れまして…」とか「小籠包始めましたので是非…」っていう営業をされたんですがいつから中華料理屋になったの?
さて、先日演奏家の方から作曲した曲の記譜をするために必要な音楽理論を習いたいという問い合わせをいただき、体験レッスンにお越しいただきました。
正直な所、作曲科を出ている訳ではないので僕では力不足かなと思っておりましたが、お役に立てる事がありそうだったので今後もレッスンにお越しいただく事になりました。
楽譜を書くのはとても難しい事で、僕もどうやったらきちんと伝わるのかいつも悩んでしまい、今日もとても苦労しました。
クラシックの音楽は楽譜がとても重要なのです。と、偉そうに言いますが僕もまだまだ勉強中の素人。
10代の頃は楽譜なんてカンペかメモ程度にしか思っていませんでいた。
子どもの頃から楽譜を読むのが苦手だったのと、音楽を探究する気も無かったので聴いた方が早かったのです。
新しい課題曲を渡されても、音楽なんだから音でしょ?という言い訳を心に巨匠の演奏CDを丸覚えしていました。
当時の僕はリンゴの絵を描いてきなさいという宿題に対して実物のリンゴではなくセザンヌのリンゴの絵を見て絵を描いていた状態でした。
いくらセザンヌの絵が素晴らしくてもセザンヌの部屋の光の中にある実物のリンゴを見ていない僕にはセザンヌのリンゴは絶対に描けないのです。
例えその場を見る事が出来たとしてもセザンヌの瞳を通した光を感じる事は出来ないのですから。
僕が描いていたのは全く違う光で印刷された紙だったのです。
抽象的な事を言いましたが、楽譜に書いてある情報を何も考えないという事はイメージする想像も作り上げる創造も何も無い状態です。
僕は演奏家ではないので下手ですが、今は自分で楽譜を見て自分がイメージした音楽で自分が感じた感情を音楽にしたいと思っています。
だからこそ何十年、何百年前の作曲家が書いた音の手紙を正しく読めるように、正しく解釈できるように勉強しなければという思いになります。
また堅苦しい事ばかり書いてしまいましたが、生徒さんには楽しく分かりやすい内容のレッスンが出来るよう頑張ります。
それでは皆様よい祝日を。
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